何らかの形で創作に携わる者にとって、必ず一度は壁となって立ちはだかるのが「モチベーションの波」問題。
好きで始めた活動には違いないのに、どうしても気が乗らずにただただ周回に耽ってしまう日があります。
それでいて、やらなかったらやらなかったで言いようのない焦燥感に襲われたりなんかして、我が身ながら何がしたいのかさっぱり分からない始末。
そんな袋小路に迷い込んだ時、僕は一種の気つけ薬のような感覚である漫画を開くことがあります。
それが「ブラック・ジャック創作秘話」という作品なのです。
この記事は一部、内容のネタバレを含みます。読了前の方はご注意ください。
創作の”熱量”が描かれている
描かれている内容を一言でまとめると、
こうなります。
それだけ聞くと「天才の伝記は参考にならない(半ギレ)」と思ってしまいますが、その実態はそんな華々しいものでは全くなかったのです。
手塚治虫は「週間連載を同時に複数本持つ」という、デスノートなら物理的に不可能な行動として心臓麻痺になってしまうような状況だったわけですが、それを可能にしていたのは非凡な才能などではなく、「持ちうる全ての時間を執筆に当てる」というパワープレイによるものだったというのです。
その徹底ぶりは異常とも呼べるもの。
- ダンボールの上で15分だけ仮眠を取って執筆
- アメリカ旅行に来てもほぼ外出せず、執筆
- 原稿を取りに来たA社の編集者にバレないよう、仮眠を装い、布団の中で締め切りが迫っていたB社の漫画を執筆
恐ろしいのは、これがノンフィクション漫画なのだということ。作中の描写は全て、関係者への取材によって得られた証言が基になっています。
この泥臭いと表現するのも憚られるほどのゴリゴリの創作姿勢には、読む度に圧倒されます。そして読み終わって顔を上げた時には、ほんのり、忘れていた熱が戻ってきたような感覚になるのです。
時間がないのは確かだけれど、それでもやれることがあったような気がしてくる
手塚治虫の作業量が常軌を逸していたのはもちろん本人の意思に寄るところが大きいのですが、編集者に監視されながら強制的に描かされる状況だったこともまた、一つの要因であることは間違いないでしょう。
しかしそんな中でも、
- ストーリー案は一話につき、常に3つ程度考える
- 話が面白くない、と締め切り直前に20ページをゼロから描き直す
- アニメ制作で、締め切り直前にリテイク(修正)を出しまくる
と、どれほど忙しくとも作品のクオリティには徹底的にこだわった姿勢が語られています。
締め切り過ぎてる時点でエゴなんじゃ、というのは言わない約束です。
忙しない現代を生きる僕たちに自由な時間が多くないのは確かなことです。しかしそれでもこの本を読むと、力を尽くせたかどうか自信がない瞬間もまた、あったような気がしてしまうのです。
個人的には、創作は苦労「しなければならない」という考えには賛同できないのですが、結果として苦労した作品は思い入れが深くなるというのは大いに分かります。
この漫画は、それだけの手間暇をかけて良い作品を生み出すことの意味をいつも思い出させてくれるのです。
作画が古い、というだけで切るにはあまりに惜しい作品
見て頂ければ分かりますが、作画がかなり古めです。
アニメ塗りと繊細な線画で育った我々にはなかなか取っ付きにくいですが、しかしそこに描かれているのは「創作の苦労と喜び」という普遍的なもの。むしろ創作に手を出しやすい現代こそ悩みやすくなった問題なのではないでしょうか。
ブラック・ジャックや火の鳥など、平成や令和の生まれでも読んでいる人は多い名作を生んだ一人の天才が、どんな苦しみと喜びを持って創作をしていたかが伺い知れるノンフィクション。
最近どうも手が止まりがちならば是非、その熱量に触れてみてはいかがでしょうか。